快楽さえなければ、人生はきっと耐えうるものだろう / 癌闘病記 (7)

(病室の窓からの眺め)
病院内にドトールが入っていて、息抜きと読書、またはこのブログを書くのにこれまで二度ほど入ったことがある。その時はどちらもリンゴジュースを飲んだのだが、帰りに「当店限定、カフェインレスコーヒー」とカウンターのメニューにあるのに気付いた。
何日か前に看護師に「ドトール行ってもいいかな?」と尋ねたところ
「うーん、軽いジュースぐらいなら」
「コーヒーは?」
「刺激物だからねぇ。まだやめときましょう」と言われていた。
そして今朝、ドクターの回診時に
「ドトールのメニューにカフェインレスコーヒーがあったんですけど、カフェインレスならいいですよね?」と探りを入れてみたところ、
「カフェインレスじゃなくてもいいですよ」とあっさり返ってきた。
「えっ?! いいんですか?」
「近々退院だし、コーヒー飲むでしょ?一杯ぐらいならカフェインレスじゃなくても全く問題ないですよ」「えっ?退院?」「ええ、来週、週明けの月曜か火曜には考えています。」
なぁ~んだ、そうだったんだぁー!コーヒーも退院も。なら早く言ってくれよ、早く!
という訳で早速、カフェイン“有り”コーヒーを飲んだ。入院中どころか、体調のせいで8月末頃から胃がコーヒーを受け付けなくなっていたので、実に40日振り近くになる。ゆっくりカップを口に近付け、少し啜って熱さを確かめ、それからワインのように口に含み、口の中でまったり苦い黒い液体をゆっくり転がす。あ~、コーヒーの苦さってこんなだったんだ。ブラックで飲んでいるが、気のせいか、ごく僅かほんのり甘みも感じる。コーヒーに関する、ある有名な言葉を思い出す。ご存知の方も多いであろう。
「珈琲、それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして愛のように甘い」 by Talleyrand (タレーラン)
シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール(Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord) 。1754年2月13日 (2月2日説もある) 生まれ、1838年5月17日没。フランス革命から、第一帝政、復古王政、七月王政に及ぶまで、政治家、外交官として務める。ウィーン会議ではブルボン家代表となり、以後も首相、外相、大使として活躍し、長期にわたってフランス政治に君臨する。日本では一般に「タレーラン」と略される。(Wikipedia)
このタレーランという人物が非常に興味深く面白い。その為人とエピソードをWikipedia から少し拾ってみると…
・有名な画家ドラクロクは、その容貌容姿の酷似やフランス政府の保護などから、タレーランの息子ではないかと言われている。

(ドラクロアと言えばこれ「民衆を導く自由の女神」。1830年に起きたフランス七月革命に応えて描かれた)
・「タレーランは、金儲けに精を出していない時は、陰謀を企んでいる」と酷評されたが、一方で敗戦国が戦勝国に要求を呑ませたことで、敏腕政治家・外交家としても評価が高い。
・ナポレオンとタレーランは、互いの天才的な才能を認めあったが、必ずしも親しい関係ではなかった。タレーランの老獪な政治手法をナポレオンは「絹の靴下の中の糞」とこき下ろすこともあった。
・タレーランは、変節の政治家として嫌われることも多いが、名外交官としてオーストリアのメッテルニヒと並び外交の天才と称され、今も評価が高い。
・タレーランは、長年対立関係にあったイギリスとフランスの同盟関係を固め、19世紀と20世紀の200年続く両国の協調と同盟の基礎を築いた。両国の同盟関係により後の第一次世界大戦と第二次世界大戦のフランスを勝利に導いたのはタレーランの外交の遺産であった。
・タレーランが提案したメートル法が世界の多くの国で度量衡の基準として広く用いられている。
・現在でも、欧米では交渉の場で卓越したものの代名詞として使われる。
・美食家として知られ、後にフランス料理の発展に大きく貢献し「国王のシェフかつシェフの帝王」と称されたアントナン・カレームをシェフとして雇い、ヴァランセ城に居住させ、重複のない、季節の食材のみを使用した1年間のメニューを作ることを命じた。ウィーン会議の間もたびたび夕食会を主催し、そこで出された料理は出席者の評判をさらい、カレームの名をヨーロッパ中に広げるきっかけとなった。
・あるとき、タレーランは2匹の大きなヒラメを入手した。これは、当時としては大富豪でもなければ不可能なことだった。さっそく客たちにふるまうことにしたが、しかし2匹同時に食卓に出せば自慢と受け取られ、反発されることも予想される。そこでタレーランはあらかじめ使用人に指示して、1匹目のヒラメ料理を客たちの目前でわざと皿から落とさせて台無しにしてしまった。楽しみにしていたヒラメ料理を食べ損ねて客たちが落胆した所に、タレーランはすかさず2匹目のヒラメ料理を持って来させたため、客たちは大いに歓喜したと言われる。
また、彼は、ピリッと毒のきいた、次のような味わい深い言葉も残している。
「快楽さえなければ、人生はきっと耐えうるものだろう。」
「誹謗中傷よりも酷いことがひとつある。それは真実だ。」
「言葉が人間に与えられたのは、考えていることを隠すためである。」
特に一つ目の金言。「人生はきっと耐えられないものになるだろう」ではないのである。「耐えうる」なのだ。深い。言い得て妙である。私の人生そのものではないか。
- [2018/10/06 00:17]
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Comments
珈琲のくだりからタレーランの話に続くのが、先生らしくて良いですね^ - ^
Re: タイトルなし
おかげさまでひとまず大きな山を一つ越えたという感じです。
問題はいろんな意味でこれからですが。
いやあ、いつも取り留めのない話に付き合って頂き恐縮です。
40日振りのコーヒー、ほんとに美味しかったです。
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